インド洋に浮かぶ島国スリランカ。
亜熱帯に位置し緑豊かな環境に包まれる美しい島だ。

北海道を一回り小さくしたほどの先細りした国土はちょうどインド大陸が一粒の涙をこぼしたようだと言われる。美しいベージュ色のビーチが100kmも続く海岸線がインド洋のウネリをダイレクトに受け入れる。 4月の桜が散るか散らぬか位の春の日本を脱出してスリランカに行って来ました。
「月刊サーフィンライフ」の取材で成田に待ち合わせたのは茅ヶ崎を拠点に世界中を旅するスタイルマスター高津佐浩行、伊豆は下田のパワフルサーファー鈴木直人、茨城を代表するトップコンペティター小野嘉夫、カメラマンの佐原健司と私、タイロン豊田の男5人旅である。

直行便で首都コロンボまでは約8時間のフライト。
我々の到着を迎えてくれたのはAフレームサーフショップを経営するスリランカのトップサーファーマンボー君。私は3年ぶりで久しぶり!

Aフレーム号にボードを積み込み車は南へ約3時間半。
西海岸で一番の人気リゾート地ヒッカドゥア。ビーチサイドのリゾートHOTELに到着したのが夜中の12時、やっと足を伸ばしてベッドに倒れこみひたすら眠る。


翌朝
本場のセイロンティーで一気に目が覚めて目前に広がる海岸の波の高さに驚いた。
「ほら来た、セット!ヤッバイねー」と直人クン。黙って見ていた高津佐クンが一言「すいません、紅茶お代わり」どうやらセイロンティーがお気に召したようだ。野生のリスにちぎったパンで朝食を餌づけるヨシオの動きをしばし見ていたらマンボーがやって来た。「オーハヨーネー」「波ここダメ移動ネー」語尾に「ネー」が必ずつくマンボーの日本語は3年前よりかなり上達していて思わず私も「オーケーネー」と答えてしまう。

ヒッカドゥアから南へ1時間の間に多数のポイントが点在する。私達はマンボーの案内のもと移動を開始。

「あそことか出来そうだよね」「ほら、左側のグーフィー」そんな会話の最終地点は大きな入り江のMirissa(ミリッサ)ポイント。南海岸では有名な湾でここを訪れる日本人はかなり多いらしい。
ポイントの目の前にマンボーのチルスペース(海の家みたいな物)がある。ローカルボーイズは今日の波がお気に召さないのかマッタリとボブ・マーレーを聞きながら海を眺めている。私達は早速ボードをセットアップさせ沖に向かう準備をした。
波は肩から頭位のファンウェーブで本来のミリッサの姿とはいささか異なるようだがトランクスでサーフィンできる喜びを感じているのと何より沖には誰一人としてラインナップしていないのだ。
私はCHPの5.11で小手調べ。

インサイドの掘れたセクションのポケットの中でその短くて丸いボードがリップをヒットしているが信じられなかったほど高津佐クンのラインは教科書のようだ。

右側から崩れてきたセットに物凄いスプレーを飛ばしてトップで板を返していたヨシオ。海のブルーとバックの椰子の木とグリーンのコントラストにオレンジ色のボードスプレイが鮮やかな残像ととして焼きついた。ジリジリ突き刺す太陽の光を背中に感じ、南の島に来た事を日焼けの跡が分からせてくれた。
皆、思い思いの時間を過ごしてヨシオと二人でミックスフライドライスをモグモグしてコーラをグビグビしながら直人クンのライディングに見とれて目の前に広がる映像を楽しんだ。
とにかく皆のんびりしている。急いでいる人が誰もいない。
ヨシオはローカルメンバーと仲良く遊んでいる。(いったい何を話しているのだろう?)直人クンはハンモックでユラユラお昼寝。私がイギリスから来たサーファーと話をしているとオランダ人が割り込んできてフランス人の男にジタンをすすめられ断ったら4人で砂浜の丸テーブルを囲んでスリランカとイスラムの関係性(危険性)について語り初め、ジタンの男の英語が下手で理解に苦しんでいるとさっき海から上がったと思っていた高津佐クンがまた沖に向かおうとしているではないか。

太陽が西の空にかたむく頃には全員クタクタになっていた。

ヒッカドゥアの町に戻りナイトタイムのスタートです。

私の楽しみなディナーのお時間、SARAVAビレッジと言う名のゲストハウス内のお店で薄暗い店内は意外と広く客数もまばらでヨーロッパの人々が裸足になってソファーでくつろいでいるご様子。
私達はカラカラになった喉にその黄金色に輝くキンキンに冷えた「ライオンビール」をグビグビと注いだ。これ以上の幸せが何処に有るのだろうか?という顔の直人クンの目はキラキラリンで私のグラスを常にライオンで満たしてくれた。ピザもパスタもイタリアンスタイルの薄味でなかなか美味。
ヨシオどう?「最高ッス!」
お薦めは鮫のピザ、フカヒレではないが鯛のような味の白身でこんがり仕上がっていてgood!
ヨシオどう?「最高ッス!」何でも美味しく食べてくれるヨシオが最高っす。

次の日の朝も早起き直人クンに起こされた。

セイロンティーをすすりつつ向うの波を眺める高津佐クン。
リスの餌づけに余念の無いヨシオ。聞く所によるとヌーディストビーチであると言うので私達はトランクスをバリバリと脱ぎ捨て生れたままのの姿でビーチにくりだしたと言うのは嘘で本当はオンショアで砂浜には誰も居なかった。以前は本当にヌーディストビーチが有ったらしい海岸を後に一行はお気に入りのミリッサへ向かった。
波は昨日と変わらず肩〜頭のファンウェーブ、のんびりのローカルが集まるこの場所を高津佐クンは「ボブ・マーレーハウス」と呼んでいた。

一日中レゲエミュージックで椰子の木陰で静寂な時間が流れる。
ローカルの男の子がラインナップに控えめに参加。誰よりもやさしい直人クン、「ほらほらイケー、ゴーゴー!」ロコボーイは白い歯を剥き出しにして「ホーーッ」と叫びながらテイクオフを繰り返しては直人クンの横にチョコンと戻ってきてニコッ。

「なんだよ、ぜんぜん乗れねーよー」と直人クン。言葉とは裏腹の笑顔はやっぱりナオトスマイル。
さて私はと言うと張り切って波乗り三昧に明け暮れて体はクタクタ、そんな時には勿論マッサージ。サーフトリップで訪れた先のマッサージはビールの前の聖なる行為として崇められている。
(私の中でだけ)

実は宿泊先のホテル内のサロンを朝、予約していたのだ。全身オイルでヌルヌルにされ、全員オイルでベタベタになっていた。リンパ線を刺激して疲れをほぐす全身マッサージは至福の極み。
ヌルヌルの前にマンボーが真面目な顔(めったにしない)でこう言った。
「アルガンベイ、4、5フィートサイコーネー」「今夜、イクネー」アルガンベイはスリランカの東海岸側リゾート地。極上のレギュラーポイントとして有名な場所だ。
私達は波を求めてこの場所から移動することに決定した。

アルガンベイがあるラフガラ地方は島の反対、東海岸である。
なんと9時間以上の移動だと聞かされた。
「9時間!」と一同声に出してみたもののどうする事も出来ないのでその後は無言になってしまったがAフレーム号での移動を甘くみていた。闇夜の中のジャッグル地帯を突っ切る悪路での無謀なまでのアクセルベタ踏み。途中シートから体が浮く事数十回。スリランカの人々は普段の生活では温和でスローなのに、こと車の運転に関しては皆一様にアイルトン・セナの生まれ変わりのように前の車を抜いて、抜いて、抜かしまくるのだ。

ブラインドコーナーに突っ込む瞬間には目を閉じてしまう。カメラマンの佐原クンは「見てはいけないのは分かっているのですがどうしても見てしまうのです。」とフロントガラス越しに次々と向かってくる車輌が今にもヒットしそうで恐ろしい。
「もうダメだ!」と思った瞬間ギリギリですれ違う様はリュック・ベンソン監督の
「TAXI」そのものである。

そんな中すっかり寝てしまった私を高津佐クンが「着いたよ、歩きで移動だって!」寝ぼけ眼に朝日が眩しく突き刺さる。「あっ着いたんですね。」っとアホ面ヨダレの私が車の外に足を下ろすと目前に大きな湾が飛び込んできた。ドライバーが頑張って7時間半でゴールしたのであった。
湾の中程にマンボーのゲストハウスがある。白い石打と木製の柱で仕上げた何煉か連なるコテージは清潔でリゾート感に満ちている。

早速コテージから砂浜沿いを歩いて2〜3分のメインポイントをチェックしに行くことにした。
砂浜は右へ右へと曲線を描きスープは見えるがピークは見えず、どんどんと早足になってしまう。湾の角に差し掛かると沖からのリーフから規則正しくブレイクしている。思わず溜め息を漏らしてしまうほどの美しさだ。ピークには何人かのサーファーがラインナップしている。セットのサイズで頭半位のスーパーレギュラー。「まだ、シーズンじゃ無いのにラッキーネー」とマンボー。

ヨシオが先頭を切ってピークの一番奥からセットを捕まえた。真っ直ぐにボトムへと向かい高さの有るオフザリップでご挨拶。
ラインナップしていた西洋人からロコボーイ全員の視線が釘付け。ボードにまたがり首だけ振り向きヨシオのラインを目で追ったが米粒位のヨシオになるほどロングライディングしたので追うのを諦め次のセットに注意を戻している。

一見強面のロコは話すととても優しくさらに日本語も上手でビックリした。一人の少年はお世辞にもきれいとは言えないボードでセットを捕まえると奇声を発し波のフェンスを軽やかに走り抜けていった。

「波に乗るのが楽しいんだ。手を広げて大きな声を出して乗るのが一番気持ち良いんだよ!」と、少年は教えてくれた。私が波乗りを始めた頃の気持ちを代弁してくれたようなその言葉を後になって思い出してジーンときた。

「お昼だし、軽く食いますか!」なんて感じですぐ近くのレストランにお腹グーグーで出向いた一行、この時はまだ笑っていた。おばちゃん一人の厨房でこれまた海の家みたいな食堂にてスパゲティーとサンドイッチを注文して朝のサーフィンの話に花が咲き、その花が散って行くのに気がついた時すでに遅し。
「遅い・・」と直人クン。確かに注文して2時間は経っている。笑えない遅さだ。
私はパスタの麺の小麦を隣町の畑に採りに行っているとしか考えられなかった。高津佐クンはリラックスしながら二本目のコーラを空にしてこう言った。
「レストランはここしか無いから仕方ない。この際今から夜御飯の注文をしておこう!」天才である。旅慣れた大人の発想は目前に広がる海よりも広く寛大だ。夕暮れまで波に乗りヘトヘトだがニコニコだった。

トランクスから流れる水滴の足跡がコテージまで連なった時悪い知らせに耳を疑った。
「水、出ませんね。あっ、電気も点きません。」と佐原クン。
文明社会で日々生活する私達のもろさがはっきり出た。停電と断水だそうだ。
闇夜に変わった海岸は恋を打ち明ける時以外行ってはいけないと昔先輩に教わったが仕方が無いので私達は小さな懐中電灯一つ頼りにおばちゃんの待つレストランへと向う事にした。
私とヨシオはしっかりと手をつなぎ、大きな声で「森のクマさん」を歌いながら歩いた、と言うのは嘘で月明かりが案外明るかった。
そして見上げた満天の星空に一同言葉を無くしていた。
5分後にも言葉を無くしたのはロウソクの火がトボトボ揺れるテーブルに腰を下ろした時、ビールが冷えていないと知らされた時だ。「ぬるいのしか無いそうです」
おばちゃんの申し訳無さそうな表情を読み取った私達は「氷の別注」に踏み切った。
シルバーのボウルの中にいくつかのロックアイスが転がっている。海外のしかも南の島での生水の危険性は百も承知だ。文明社会人の私達は「水あたり」覚悟の冒険をした。
後にも先にもこのトリップでの一大決心であった。
日焼け止めが鼻の先に残ったままの高津佐クンが真剣な眼差しで平等に氷を配給している姿をお見せ出来ないのが残念だ。昼間頼んだ夜御飯は勿論2時間後に姿を表した。
スリランカで食事を注文する時には2時間待ちを覚悟するように!

蚊取り線香の匂いが心地良く、蚊帳に包まれたベッドで開いた小説の1ページ目で眠りについた。
 
セイロンティーの香りで目が覚めたら直人クンは既に海面上の朝日の中だった。5.11の4フィンを操る直人クンはテイクオフの瞬間必ず表情が「ニコーッ」になる。伊豆の温暖な気候で育った波乗り少年は笑顔で波と会話する。特大のセットをつかんだ直人クンが両手を後に組んでリラックス。この余裕が私達凡人にはなかなか出てこない。太陽はどこまでも高く、波の崩れる音以外何も聞こえてこなかった。
沖に向うとセットの波を高津佐クンが大きなカービングターンでクルージングしてきた。右手でレイルをつかみ、体を小さくたたむカットバックに魅せられた。この旅で彼から多くの事を教わった。
ローカリズムについての考え、波乗りへの基本姿勢など一見のんびりしている様に見えるが実はのんびりしている高津佐クン。私もすっかりファンになった一人です。

そんな高津佐クンをビックリさせたのがヨシオのオフザリップ。
誰よりも奥のピークから真っ直ぐにダウンザライン、そして垂直にリップを破壊してキメのポーズ!私が見た中で最高9発のオフザトップを一本の波で決めていた。
普段コンテストに追われる彼にとって、とてもリラックスできた旅になったに違いない。「アルガンベイ最高ッス。チョー良い波」ローカルと一番親しく溶け込んでいたヨシオ。朝から晩までマンボー達と遊んでいた。

数日間滞在したアルガンベイのメインポイント。良質で柔らかいフェンスのレギュラーブレイクは整われたリーフに沿って150m以上ものロングライドを可能にしてくれた。高津佐クン曰く「こんなに安全なリーフを見たことが無い」海底は丸く削り取られた珊瑚でリーフブーツを履いている人はいない。

帰国の前の晩にマンボー達がバーベキューを御馳走してくれた。山の裏手にゴロゴロしている牛を丸焼きにするのかと思っていたらやっぱり魚しか出てこなかった。1m以上あるカジキに似た白身を独特の味付けで振舞ってくれた。(もちろん2時間待った)友情はBBQの炎よりも熱くなったのは言うまでも無い。

コロンボ空港までの移動はこれまた9時間。全員スリランカタイムに慣れてしまい車窓に広がるジャングルのパノラマを楽しんだ。ワニ、水牛、手長猿と自然の動物探検は続き、野生の象を見たのは初めてで感動した。

目を閉じるとアルガンベイのあの波が蘇る。
誰もいないスーパーレギュラー、太陽と自然の宝庫。スリランカとは「光り輝く島」という意味。
光り輝く島で思いっきり波乗りを楽しめたこと、そしてマンボーとAフレームサーフチームの最高のサポートに感謝します。
tyron. |